平成の意味は?名付けた人は誰?由来と元号の決め方公開!

昨年、天皇の生前退位に関する話題が持ち上がり、2019年(平成31年)元日から新元号になる可能性が浮上しています。

天皇が生前退位された最後の例は、1817年の光格天皇の時ですから、もし実現した場合、実に約200年ぶりの出来事になります。新天皇が即位すると、私たち一般人のあずかり知らぬところで年号が決まり、発表されます。

そこで気になるのは、平成をはじめとした元号の意味やその由来、平成って名付けた人は誰?決め方ってどうなってるの?ということですよね。今回はその疑問を解決していきたいと思います。

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「平成」の由来と意味

「平成」は、2種の書物から由来しています。

一つは、中国前漢の武帝の時代に司馬遷によって編纂された中国の歴史書である「史記」からです。「史記」五帝本紀の「内平外成(内平かに外成る)」から採られています。もう一つは、政治史・政教を記した中国最古の歴史書「書経」からで「地平天成(地平かに天成る)」つまり「国の内外、天地とも平和が達成される」という意味です。

このように、元号は中国の書物を参考にして考案されることが多いのです。

「平成」と名付けた人は誰?

元号は、複数の有識者によって会議で決められるので、公式に誰々が考えたと発表されるものではありません。ただし、最終候補の3案のひとつであった「平成」を提案したのは、東洋史学者で東京大学名誉教授の山本達郎であるとされています

それというのも、最終候補3案である「平成」「修文」「正化」は山本氏の他に宇野精一、目加田誠の3氏が提案したものとされ、「修文」を目加田氏が、「正化」を宇野氏が提案していたことを後に認めているからです。「修文」と「正化」はイニシャルがSとなり昭和と重複してしまうため、最終的に「平成」に決まりました。

ちなみに、「平成」は陽明学者の安岡正篤の案であったという噂もあります。これは、改元時に内閣総理大臣であった竹下登が、1990年に行った講演の際に非公式で述べたからです。しかし、「元号は縁起物であり、改元前に物故した者の提案は直ちに廃案になる」ものであるため、昭和天皇崩御前に物故している安岡氏の発案であるということはあり得ません。

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元号の決め方

日本には元号法という法律があり、元号は皇位継承があった場合に適用され、新たな元号に変わります。しかし元号法では、元号を政令で定めるとしているだけで、具体的な決定方法が法的に定められているわけではありません。

「平成」の元号が決まった際は、以下のような手順で元号が決定されました。

漢文学や国文学関連の大学教授など、有識者が候補を考案
②内閣官房長官が選定、閣議で協議
③国民を代表する形で衆参両院議長の意見を聞く
閣議で決定

なお、逝去を前提とした手続きは事前に行うことは出来ませんが、水面下では準備が進められており、「平成」の場合は昭和63年9月には最終候補の3案に絞り込まれていたそうです。

上記で触れたように、「平成」「修文」「正化」のうち2案はイニシャルがSとなり昭和と重複してしまうことは分かりきっているため、実はすでに内々では「平成」で決定していたのかもしれません。崩御当日に行われた有識者会議では、約20分間意見交換しただけで慌ただしく新元号が決定しました。

そして、「年号の歴史」(1996雄山館)によると、元号の選定条件は6つあります。

1,公民の理想として相応しいような良い意味を持つものであること
2,漢字2文字であること
3,書きやすいこと
4,読みやすいこと
5,これまでに元号として用いられたものでないこと
6,俗用されているものでないこと

まとめ

もともと元号は、中国・漢の武帝の時代にできた制度であり、朝鮮半島から日本に伝わってきましたが、現在では元号を使用しているのは日本だけです。このような古い歴史のある制度を、ずっと守っていきたいですね。

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