「人間」の間の意味!間違えるから?間が必要だから?由来を解説!

漢字は、中国から伝来したものでそれを日本人がアレンジをして日本独自の使い方をする文字となりました。何千年もの歴史ですから想像もつかない変遷や違うかたちになることは当然のことなんでしょう。

漢字そのものの成り立ちも学校でしっかりと習うわけではないので興味を持っている人以外はほとんど知らないかもしれません。

人間という熟語の間の意味を考えたことがあるでしょうか。人という生きものは間違えるから間がついたのでしょうか、それとも間隔、間が必要だからでしょうか。人間の間の由来はいったい何か考えてみましょう。

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人間の間の意味とは?間違えるから?間が必要なの?

漢字の成り立ちを考えたことがあるでしょうか。間違って憶えていることもあるかもしれませんね。人という漢字が人と人が支えあってできた字だというのは、有名なドラマで広まったようですが実際の語源とは違います。

人という漢字は、人の姿の形から創られた漢字です。ドラマであったような解釈も素晴らしいですが、事実を知っているうえで使いたいものです。人は間違えるから「間」があるとか、人には「間」が必要だから間という漢字が使われているという事実はありません。

そういった解釈は哲学的なことを説明するために使われたりハウツーのための解説に使われることがありますが、実際の漢字の成り立ちとは違うものになります。間の語源ですが、日の部分が月だったそうです。門から月を見ている象形から生まれた漢字でした。

人間の漢字の意味とは何か?由来はどこなのか

人間と人はどちらも同じような意味で使っていますが、間をなぜわざわざいれるのでしょうか。結論からいうと仏教語から来ていてサンスクリット語の「mamusya」、これを漢訳したものだといいます。

仏教語では「人間」は、世の中や世間、人の世とかそういった意味でした。人は仏と鬼の間にいる存在という意味でもあります。人間を人という意味として使われるようになったのは江戸時代あたりからだといわれています。

人間を「にんげん」と呼ぶのは呉音で「じんかん」と呼ぶのは漢音です。人を表現するときには「にんげん」と読み、世間といった意味の場合は「じんかん」と読むことが多いようですが読み方のきまりは特にありません。

人間以外にも仏教語はある?

仏教語とは知らずに日常で使用している例は少なくはありません。例をあげると「奈落」があります。奈落に落ちるなどで使いますが、元々の意味が地獄です。

「億劫」は面倒、気が進まない時に使われる言葉ですが仏教語では、百千万億劫の略語で一劫の億倍(劫とはとても長い時間のこと)、永遠という意味になります。何か面倒なことを行うときは長い時間を要することになりますが、それが転じて長い時間がかかる面倒なことを億劫というようになったと考えられています。

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人間を使った格言

人間という言葉を使った格言やことわざはいくつかあります。「人間万事塞翁が馬」は中国の故事ですが、幸福も不幸もいつ訪れるかわからないものだから簡単に喜んだり悲しんだりすることはないということをいっています。

幕末の僧である月照の言葉で「人間至る処に青山あり」があります。これは、人はどの場所で死んだとしても青山(お墓のこと)とする場所はあるのだから故郷から旅立って思い切って活動しようという意味です。今は人間を「にんげん」とも読みますが「じんかん」とも読みます。

まさしく世の中や世間としての意味です。それを知らないと「にんげん」と呼んでしまうので解釈が少し違ってしまうかもしれません。

まとめ

漢字は中国から伝わり、日本で独自の漢字文化を創り出しました。漢字からカタカナやひらがなが生まれて日本の活字文化は驚くほどの広がりを見せて深い世界観を作り出しました。人間という言葉は、もう一つの大きな海外からの伝来である仏教からきた言葉でした。

「間」が付いているのは間違えるからとか間が必要とかではなく、世間や世の中を意味しているということです。漢字がいかに長い歴史と深い意味を持っているのか日本人としては知っておく必要があるかもしれませんね

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